佐川光晴
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佐川光晴

◇さがわ・みつはる 1965年、東京都生まれ。北海道大学法学部卒業。2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。02年「縮んだ愛」で第24回野間文芸新人賞、11年「おれのおばさん」で第26回坪田譲治文学賞受賞。著書に「牛を屠る」「日の出」など多数。「大きくなる日」は近年の中学入試頻出作品として知られる。

第1話 じゃりン子チエは神 <7>

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新品のメンコが弱いのは常識

 山田三男は幼い頃から運動神経が抜群だった。両親によると生後10ヵ月でトコトコ歩き、1歳の誕生日には駆け足をしたというから、かなりなものだ。兄は二人とも頭でっかちなタイプなので、これには両親も驚いたという。

 昭和40年男の三男は仮面ライダーにもろにハマったが、最初に覚えたスポーツは野球だった。ビニールのボールをプラスチック製のバットで打つ「カラバット野球」を空き地で毎日のようにやっていた。中が空洞=カラのバットでするから「カラバット野球」だ。

 スポーツではないが、三男はメンコにも夢中になった。メンコには、本当に取り合う「本メン」と、勝負のあとで取り合ったメンコを相手に返す「にせメン」があって、三男は本メンのほうが好きだった。やはり勝負は本気でなければ面白くない。強い相手と一対一で日が暮れるまでメンコを打つと、翌日は筋肉痛で鉛筆を持つ手が震えた。

 ところが、小学4年生の夏休み明けに転校してきた荻村君の母親が「本メン」は禁止にすべきだと学校に訴えた。三男は、昼休みに担任の橋本先生に呼ばれて事情をきかれた。

「おれ、いや、ぼくはちゃんとルールを説明しました。ぼくたちがやっているのは本メンで、取られたメンコは本当に相手のものになるんだぞって。荻村君がそれでもいいって言ったから、仲間に入れたんです」

 それは事実だが、荻村君が本メンはイヤだと言ったら、仲間に入れるつもりはなかった。

「しかし、なにも30枚全部取っちまうことはなかっただろう。しかも荻村が駄菓子屋で買ったばかりのメンコをよ。山田がそんな気になった理由も分からなくはないが、今回はチトまずかったな」

 橋本先生はなにもかもお見通しだと思い、「すみませんでした」と三男は謝った。

 東京から引っ越してきた荻村君はいかにもお金持ちの家の子供という感じだった。メンコをしたことはないし、持ってもいないというので、三男はよく行く駄菓子屋を教えてやった。その場所も分からないというのでついていってやり、メンコもみつくろってあげたのだ。

「これでお願いします」

 荻村君は財布から出した五百円札でメンコを買った。

 児童公園に赤土をよく踏み固めた一角があり、そこがメンコの土俵だった。自分が打ったメンコで相手のメンコを土俵の外に弾き出すか、裏返したら勝ち。ただし自分が打ったメンコは土俵の中に残っていなければならない。

 買ったばかりのメンコが弱いのは常識だ。新品のメンコをもんだり、叩いたりして、適度に柔らかくすることで攻撃にも守りにも強いメンコをつくりあげていく。

 しかし、繰り返し打っているうちにメンコの紙が弱ってしまい、もう使えなくなる時がくる。手に馴染み、長いあいだ活躍してくれたメンコに別れを告げるのは本当につらかった。

 荻村君が転校してきたのは、三男がそろそろ新しいメンコを買わなければならないと思っていた時だったので、魔が差してしまったのだ。 

「山田。しばらくメンコはやめておけ。ほかにも遊びはあるんだから」

「はい。分かりました」

 三男は橋本先生に頭を下げたが、ことはそれでは済まなかった。

 職員室から教室に戻ると、みんなが自分と目を合わせようとしないのに気づき、三男は不安になった。

 (つづく)

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